現代詩の世界 2021 坂本達雄
今日から、「詩」を書いていきます。 「詩」は何ものであるのか。 「詩」は何かを成すのか。 答えがあるのなら、「詩」は消えるのでしょう。答えがあるのなら、「詩」は今日を生きてはいないのでしょう。実現するべきは、「詩の世界」であって、「わたし」ではないのです。
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・ 現代詩の世界 今日のわたしが 生きている世界 「詩」が生きる世界
これらは 決して わたしではない それでは わたしは どこにいるのか
「詩の生きる世界」 「そして詩が誕生する世界」 「わたしが詩である」
ブログ現代詩の世界2021
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2021/11/17 ガンダーラ
記憶されているのは
わたしの記憶の底にあるのは
わずかばかりの ガンダーラである
進化する生物の体ごと 満たされない世界の
ゆらぎと慣性の中で ひとたび噴出すれば
マジックとしての生と死は 考える力のろうろうと亡び
思考するものはスタイルを 細菌やウイルスの亡びとする
原基である すばらしく空は晴れ
突出する藍色の文明は 特殊掘削の方法をもって
われわれの精神に穴を開ける
どうすれば羊飼いの男達からその方法を聞き出せるのか
標本は右から六番目の棚にある
誰もが知っている秘密として
ガンターラの洞窟は光の発生器を地下に据えている
トランポリンをしながら 若い娘は教えてくれる
栄光の日々はすでに去ったのだ
あとは 宇宙の開闢の話をしよう
羊飼いもそこに座って この話を聞くだろう
わたしの左手は銀河に突入している。
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2021/10/2 ウルル・スマル
消しゴムは、消えない
そして
消えたものは、消せない
消したいものは、消えない
そういうものだ
ハワイ島には消えないクジラがいる
それを消そうとすると、わたしが消える
消えてからでは遅いので
このクジラは
消せないのだ
神秘である
神秘のクジラはもう消えた
消えてしまってから
消えたことに気づくことになる
そうであるから
ハワイのクジラはもはや消せない
そしてハワンアンソーダを飲む時
クジラの声だけが
聞こえる。
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2021/7/4
ホンコンへ
広がる宇宙へ
定められているし、ジョークのようでもあるし
冷たい部屋で小説を読んでいる
誰のことでもない、あなたのことだ
肉体と精神と、脱出せよ
イデアの方へ
氷河のようでもある
ジャガーであるものを、タイガーであるものを
星間物質であるものを
わたしたちのホンコンへ
記憶としての未来に他ならない
ギャラクシー、たそがれめいた公衆衛生
なまじ、そらじ、公言する四文字
かげり、さそり、しのびよる狼煙
囲まれる神聖文字、ふつつかな俳諧
逃げ出せよ、植毛の果てに、センボウの果てに
ベアリング、本質する回転の広がり
休まず、力まず、脱力の果てに
わたしは脱出する
宇宙を起こす神聖四文字
ひとの血ほどは濃くなく、トマトジュースほどは安くもなく
野の花ほどにわたしに近づくことはない
悪のサイト、ダークな星祭り
良好な良心の神事する
大気は厚くわたしたちの肩に乗りかかる
本当の意味では孤立する島を知らない
あなたは真実の島にたどり着いたのか
セロリの味がする大陸のワダチを
朝霧の林を抜けて行く馬車は
そして宇宙の始まりの音もなく熱く
愛したように、病のもとで、愛したように
等身大のホンコンへ
あなたはさめたスープを飲むだろう
硬いパンと少量のキャベツを
銀河の反対側で体制は別のものである
上気する頬、火星のように
めざめゆく部屋、金星のように
わたし自身はその到着を知りえない
多くの手で割り込まれた絶望を
さもそも、とりどりの、ベリーゼ
寝台のジンダイのシラミたち
広げられた宇宙へ。
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2021/6/20
タチアオイ
赤い八重のタチアオイ
この説明は宇宙を説明しない
知るべきものが知らされるすべてであり
あでやかな空間を占めるのではなく
わたしがこの世界のあでやかさであると
赤い八重のタチアオイ
部分は全体である
あきらめと絶望が去り
母乳と地の泪がわたしの眼前にある
緑黄色のキルギスの力
プラチナのあいさつ
鉱脈の内部にすむ愛情と圧力とが
初夏の汗ばんだ肉体の真実である
切り開かれる精神のつとめ
言葉として夏の入口に立つ
飛び立つものは領土の上空を通る
一ではなくゼロでもない
すべてを結びつけ、すべてを引き離す
微細であるゆえに、巨大な恒星でもある
繁茂するヒシの暗がり
セキショウのとがり立つ岸辺
磁力線がわたしの手や足をしびれさせる
わたしの脳髄を透明にする
急降下するツバメたちは狙う
心臓の奥と肺臓のとがりを
瞬間、瞬発、瞬時に発射される
宝玉の光の先に水玉が散る
億単位の蝶が飛び立つ時
ゼラニュームの街並みに朝日がさすとき
わたしは万物の言葉を理解する
ヒヨドリやコメツキムシの言葉を
すらりとして立つ、おまえの言葉は立体である
樹木の影、そそがれる水流、ケルト語のように
ツバメたちの飛翔、ゾーラのように
われわれは皆、生産された商都として
羊たちの群を牧草地へと導く
はんなりとした京都の舞子さんが
川端を行く
水平にされる、理性は水平にされる
ボイジャーのように
宇宙の神秘について事細かにカマキリは語る
アトラスの重い足取りをたどり
ピアスのために。
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2021/6/14
小雨の中を歩く
いつも全体がわたしである
絶対的存在がわたしである
小雨が降っている午前の道に
田植え前の水田の灰色の空を過ぎ
策略の世界の目覚めることのない世界の
伸長する植物たちのとめどなく笑う
中空のホテルはエレベーターで降りる
イヤホンにアナウンスされる声は哲学的に
生産される人類のあやしげなノルマ
まじかに見ることのできる金魚の泳ぐ姿
巨大な水槽がわたしである
ブレンドされた豆の光はクールに光る
空豆、さやエンドウ、コウモリ豆
ピクニックへ行くのが仕事です
湖のほとりの小屋の内部は熟知している
彼等はニューヨークの新聞を広げ
湖に向かう
朝霧の彼方からボートがやって来る
評論家たちはヘラジカの大きな角を見て
赤いスグリの実を知るでしょう
海流と人工雪の効果によってあきらかに
バスク地方の自治権は奪い取られるでしょう
神々は競う、神々は氷の目を持ち
水牛の背に乗り
神々は鏡のように探索する星間飛行を待つ
しろうとの素手でつかむウナギのように青い
パリの夜景を知っている
極端なヒロイズムによって批評家たちは笑う
デスモスの丘から水路が引かれ
この田園のあざやかな木々は育つ
光のあふれる世界はざわめき
光の満ちた世界は勧興する
ギリシャの岩の上に立つ
砕かれる巨石の白色の輝き渡る
愛情の切り出される角度は
日常のホライゾン
演じられ、ペテン師と呼ばれ
プールへと吐き出される水は
今日の世界の破狂される
小雨はまたしても降りつづけ
世界のプライドは実に渋皮をむく
チョークと呼ばれ、粉塵であり
わたしの泪の目を果てしなく過ぎる。
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2021/6/2
ケンシン
ケンシンのうつろなる
うろおぼえのわだかまりの
シンケンのてごたえの
わたしは手じなしの品々の
はかりごとめいて世界をあやつる
はるばるとなだめすかしつつ思う
はらはらと散るすなごいしごおさなご
トチュウ茶の途中茶のほとりより
ほとほとめぐりあわせたまえ
われらは都へとのぼりゆくもの
ケンシンの為、のぼりゆくもの
つまらぬ言いの為、はださむい道のりをゆく
白刃くれぬ、さらばくれぬ
たすきがけ、たれぞおらぬか
ワイワイとアイアイとそぞろいでて
こしょういでて、ふりわけいでて
わらわはここぞいねてむ、この夜のつとめ
はげしくして、はげしく散り敷く
はらはらと涙を落とし
落ち水の流れ、落ちつく先は涙のごとし
廃墟より流れ出す、肺魚からぬめり出す
人々の関心はクラゲやクヌギやクチナシの花
羊毛のふとん、羊毛の深々と
やるせなや、やきうどん、やるせなや
都の人は聞きませや、はるかな雛のことごとを
わたつみわたひきわたつむぎ
それはわらわのこの衣となる
広き田園のしろき牛たちのミルクとなる
ハラショー、ハラショー、もひとつハラショー
クイクイと腰を振り
夜のとばりおり、ねやの静けさまさり
クイナが鳴く、クイクイと腰を振り
ダマスカスをのぞめば
ダマスカスは海の近く、海風の吹く
われわれはここより兵を集め
ノブナガ殿の首を取る
しょうぶの花のしょうぶの花のしょうぶ
のこのことろくろくとやるせなき
傾向と対策を今から考えるとして
都はどっちだ
道の辺の草たちはさまざまの草たちは
はかりごとするわたしの命は
さみだれてはてしなくふる。
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2021/5/31
トケイソウ
音楽にのって、君はまわる
酔っている、ダンシングガール、君はまわる
夜がふけて、夜があけて
くだかれた肉体のまま君はどこへ帰る
精神をふりほどいて心をぐだぐだにして
せんれつな感情のおのおのは
すべて過ぎ去った色彩ガラスは
ほこりをかぶったレコード盤の傷口を広げ
ほとんどの肉体は眠り始めている
ひとがたは流され、君は曇天の空姫である
草の葉の朝露の一つ二つ君の口に入れて
やすらかな世界はあるのか
トケイソウは厚みを持ってまわる
たくさんのダンシングミュージック
そのほとんどを覚えている君は
コーラを飲みながら男友達からのメールを見る
死んだ世界の、物質の残骸の世界の、アルバイト
近くのコンビニへ、ひさしぶりに無音のまま歩く
三時頃、男友達の部屋で手作りの
ハンバーガーを食べる
彼のオナニーのために脱ぐ
港の近くで車から降りて歩く
遠くのビルはかすんでいる
わたしの心の中にあるのは無音の波である
キラキラはしているが
何も言わない
この時間、ベッドもいらないし、音楽もいらない
たぶん魂は存在しない
世界に存在するものは
わたしの心に存在するものは
ペットボトルのようなもの
それとも焼き鳥の串のようなもの
花壇すみに細くツルが伸びて
数えるほどの葉がついていて
変な花が咲いている
今夜もわたしはダンシングガール
踊っている時、世界は消えている
消えた世界がわたしの世界だわ
誰もいない、誰も奪えない、わたしの世界
音楽さえ聞こえない
肉体はたぶんエレベーターみたいなもの
世界はたぶん無からできている
ポチャン。
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2021/5/24
ルクソール
どんまい、君は星を見たかい
状況はかんばしくない
多くの船が帆を張り川面を行く
星空の永遠から恒星の宿痾から
散乱するゼットン
定数はうすずみ色の広場の衣
巨石を切り出す男達も
巨石を曳き動かす君達も
もどれない図面の中のピラミッドを
計画も計算も塩辛のビンの中身を
ロックだよ、俺達は皆、空白の大地を転がる
ジャングルの奥の方の人間に似たサル
金を掘る男達も消し炭の黒光りする
ロックだよ
月の軌道を思い描くこともできない
まして、川底の電気ウナギの気持ちなど
動物の死骸が浮いている女の死体が
浮いている
これはわたしの過去を清算する為に起きたこと
泥の中に沈むナイフ
この河の少し先ではレンガを干している
太陽のやつが熱いので
投げ上げるこの、できたてのレンガは
霊廟を築き上げる赤い泥レンガは
骨はいつも誰かの骨で、そいつはロックだ
女は細い腰で、女は細い首で、女は
泥沼の底のウナギのように逃げる
砂漠の風土病の青いカゼをひいて
わたしなんかは
じっとりと汗ばんで握りこぶし握りしめる
ヒョウの爪が幹にくいこむとき
しっぽの先まで電気が走るとき
この発電する力はフクシマである
ピラミッドは鏡の表面に満天の星を映す
飛んで来て、飛んで去る
この過去もこの未来も瑠璃色の落第
手を離してノミを持つ手を離して終わり
できあがれば次の現場が待っている
俺たちは流れつづける労働者だ
つくらなければならない巨大な核融合炉
どんまい、ハンマーは手から離れた
落ちる、現場は底なし
女の汗ばんだ肌。
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2021/5/14
緑蔭の十字架
ミケランジェロの首に汗の玉が光る
古びた森の静寂の内に
八代の海が光る
自らの手をタマリンドウの上にかざし
休みなく静脈の音を聞いている
乾いたついに乾ききった木材の表面を
病み疲れた神経のうしろ姿を
なだらかにいさましくあけつづける朝
わたしを起こさないでください
誰よりもアウグスティヌスの喜びをたたえ
全身の全力の緑蔭へ行く
十字架を手に持ち、十字架をかざし
おまえはめざめることなく苦しむことなく
バリトンの深い森林の奥へと入る
たしかに人類の多くの時間ははやる
霊力を高めるタバコの葉が大きくゆれる
光速のデルタを過ぎる
文字と呪文と文殊菩薩と語る
ロケーションのために木の下に立つ
あやつは隠れて親しげに快楽を立ち上げた
秒針の動きは砂漠の奥へと導くラクダ
わたしはヤシの葉を打ち振る
錯乱の山のふもとを進むそり・または鉛
非常の精神の歌声を聞け
ヤマホトトギス、彼女の持つ化石、黒ルビー
はりつけになった男の姿が今ここから
葉を少し下げて、のぞき見る
薬を包むうすい紙は信仰の闇を知れ
誰も語ろうとして、誰も話をやめる
ぼくらの鳥はあけぼのの空に赤い
きっと、信じるべき時がミルバネルを知る
ふたりはそこから森の中へはいる
呪文はナイヤガラの滝の音に消され、熱い
トーテムポールの色彩の音楽とともに
わたしは丘の上で食べられて死ぬのだろう
やさしい緑蔭の十字架を
皆の手でなでさすり、泪をこぼしながらさすり
われわれは幸福であった昨日も今日も明日も
大地には緑色の印が立っている
いくつかの真実とポテトチップスがゆれる
やがて夜が明ける
抱きしめて、もっと強く抱きしめて
それが緑蔭の十字架であっても。
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2021/5/11
岩だけが知っている
巨大な岩が重なって磁力を発している
おまえもわたしも裸になり
この岩の上で眠っている
アラカシの実が地面に落ちて重なって
磁力を発している
野犬が群をなして走って来る
わたしはわたしの胸の肉を食わしてやろう
おまえはその乳房を食わしてやれ
夜空に向かって祈る
傾いているこの地軸を真直ぐにして下さい
北天のオーロラを真っ白にして下さい
この巨大な岩の下にわたしの手を入れて
つぶして下さい
小麦や大麦やサワグルミのように
わたしの頭蓋をつぶして下さい
狼が吠えている
あの丘の頂で狼が吠えている
そして乾いた平原にはおまえの
しかばねが立っている
わたしの魂が立っている
わたしとおまえはこの大岩の上で交わる
星は放射する
そして二人の肉体を貫いてゆく
原始のレベルで溶けてゆく大岩の中へ
快楽のレベルで狼に食わしてやろう
わたしは狼である
おまえの乳房を食い散らす
おまえの頬を食い破る
まるであやすように、わたしのペニスを
こすりつづける
夜の星の陰部は溶けてとろとろと
銀河はとけて肉の脈動となって放射する
わたしは星々の光であり
肉体は様々の生物の結晶であり
岩の内部へとしみこんでゆく原子の律動
あかつきの霊光のオレンジのシグナル
おまえは肉体のゆるやかな罪のいざない
受けて立つすみれ色の磁力線はするどい
痛みと狼とキトウ
はぐれ鳥の声、離れ行く肉体の冷たさ
もっときつくだきしめて
おまえは大岩の熱い流動の熱床
すべては太陽と熱と立ち上がる斜陵。
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2021/5/3
川の中
秋の悲しみがやって来て
歩いているわたしの上に桜の葉が落ちて来る
この辺りからミサイルが発射され
日本海の方へ飛んで行く
白い雲が細長く残る
誰かが死ぬかも知れない
海上で、街中で、公園で
光があふれ、爆風が走り、砂ぼこりが立ち上がる
泪を流し、血をながし、怒りを叫ぶ
そして又ミサイルが飛んで来る
わたしはヨメナの花を摘んで帰ろう
部屋の小さな焼き物に飾ろう
なつかしい人から来た手紙を読み返してみよう
あの人は冬のある日
あたたかい部屋のやわらかなソファに座り
美しい詩を読んでくれた、わたしの為に
それから悲しい春がやって来て
あの人はいなくなってしまった
小さな墓が枯れ草の下に埋もれてしまう
この手でそっとその悲しみを押しのけて
あなたの名前を見出したい
秋の澄みきった空に一点の光が見え
ミサイルが飛んで来る
このわたしの上に桜の葉が落ちて来る
死は一瞬である
悲しみはいつまでつづくのだろう
荒れ果てた屋敷の跡に、カラスウリの赤い実
当然だ、ずいぶんだ、痛みを知れ
我が国は今、戦争状態にあります
いつもと変わらない一日を過ごして下さい
ミサイルは一部の地域に落下するに過ぎません
落ち着いて行動して下さい
クリスマスのリースを作らなければ
マツカサを拾って、ノイバラの実を取って
からまるツルを丸くたわめて
秋の悲しみを美しい輪にして
あの人はわたしの肩に頬を乗せて
川の流れがキラキラと光るのを見ていた
あなたの瞳の中を細長い雲が昇ってゆく
少し乾いた唇を重ねて
川の中の黒い布が流されて
あなたの死体があらわれて来る
手足に鉄の鎖が巻きついて。
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2021/4/24
スカンジナビア
多くの人が死んだ
肉片が飛び散った
間が飛び散った
氷河が海へ落ち込むところ人
美しい氷の壁が続いている
船のエンジンを止める
何の音もしない
わたしの友人も肉片となった
この船はいつもはタラの漁に使うのだが
今日は友人の散骨の為に海に出た
こんな美しい海に
何ができるのか
透明のビンに入ったアルコール度数の高い
地元の酒を海にそそぐ
今日は風も吹かない
袋の口を開けて、粉にした骨をそそぐ
感情はここに至って
海と同じ色だ
誰もが正しいことをしたいと思い
誰もが正しい人でありたいと願った
面と向かって話すこともなく
あなたを殺したいと言うこともなく
すべてを肉片とした
世界をゼロにした
誰もが美しい世界を望んでいる
誰もが美しい秩序を望んでいる
氷河が海へ落ち込んで行く
何千年も何万年もかけて
ゆっくりと人々の人生を押し続けている
すべては終わった
エンジンの音が再び海面を走る
おまえはこの冷たい海の底で何を見る
港に帰ってわたしは遅い昼食を取るだろう
あのアルコール度数の高い
透明のビンが要るだろうか
港のレストランの床は厚い木材でできている
それは針葉樹のまっすぐな幹を倒し
堅い刃が切ったものだ
肉片は飛び散った
人間は飛び散った
その肉体に魂がまだ残っている時
この氷河が、その先端が、おまえの魂を
ゆっくりと押す。
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2021/4/23
大 岩
みずからの重みに耐えかねて
地球が割れてしまったのだ
この感情は過去であるのだから
置き去りにして行こう
どうしたって戻って来ない過ぎ去ったもの
重力の中で星が生まれ
遠い噴出の中で大地が生まれ
そして船がやって来たのだ
いまさらわたしがそれを呼んだところで
船は帰って来ない
煙を上げ白い蒸気を噴き上げ
海を行くこの船は
岩を割りわたしの頭を割り
日本列島をひっくり返して粉々にする
けれど悲しいのではない
三月の風が吹いてすべては明朗だ
もう一度海へ戻ろうか
クジラのようにイルカのように
タリバンのように
白い服を着て水辺に立てば、世界は
確かめられた結晶の造り上げる幻
あなたもきっと大岩に登り
約束された祈りをここからはじめるだろう
今船が到着する
丸い窓が何百と並び、その奥に彼等が立つ
宇宙の果てからやって来た人は
わたしの手をさすり、指先で語る
またやって来たのだと
冷たいスープを飲みながら岩の上で語る
わたしの中に彼等のアルファがあるのだと
宇宙船に乗りたまえ
この大岩の中からエネルギーが吸い取られ
また飛び立つと言う
けれどどこへ行くと言うのか、空は青い
わたしはみずからである
この岩の上で彼等が飛び立つのを見るだろう
船がこの大岩を目指してやって来る
わたしはアルファであり
オメガである
飛び立つ船は花の香りを残して行く
フリージア
それはフリージア。
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2021/4/22
ブラックノート
テーマはいらない、そんなものはいらない
構成はいらない、なくたってちっともかまわない
とどめの一行、なんてことも考えるな
雨が降っている
屋上で言葉は踊っている
見たことにしよう、言葉は今日も踊っている
言葉が階段を降りて、地上へと戻って来る
駅前のコンビニでサンドイッチを買う
言葉が食べている
言葉はしっかりと食べている
言葉は公園で発声練習をする
ただこの時、公園のクスノキが疑問を感じる
彼はどうして肉体を持たずに発声できるのか
この問いに答えたいが、わたしは物理学を重く
感じているので、故に
ただそうなっているのだとしか答えられない
そこへメスの言葉がやって来た
ではさっきまでの言葉は、オスだったのか
二つの言葉はベンチに座り、つまらない話をした
午後一時のサイレンが鳴った
メスの言葉は立ち上がり、職場へ戻るわと言った
オスはメールアドレスを交換しようと言った
夕方、メスの言葉にメールが届いた
アカツキのアケボノ、アリスのアイリス
メスの言葉はすぐにメールを返した
イーリスのイメージ、イスワルのイシュール
そのメールを見てオスの言葉は
深く沈黙の底へと降りて行った、深く
夜、コンビニのガラスに言葉が映っていた
姿はなく思いもなく足音もない
ただじっと棚に並んだ商品を見ていた
言葉はゆっくりと店内に入り、カゴを取った
サンドイッチとコーヒーと男性週刊誌を入れた
レジへ立った
彼女はスキャンして合計金額を言った
言葉は金を出すと袋を受け取り、店を出た
外は寒かった
言葉がサンドイッチを食べている
口もないのに食べている
胃もないのに食べている
ブラックコーヒーを飲んでいる
雑誌のヌード写真を見ている
言葉のペニスがかたくなる。
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2021/4/21
ボッカチオ
そもそも地獄行きの刑は
わたし一人の為にあるのだが
あの人も行った、この人も行ったと
言うのであれば
地獄はあまりにかまびすしい
あの人の胸の中にゆられて行く
地獄もあるのかと
秋の草に聞いてみるのだが
街道を行く馬車の車輪は
めぐる、茶色い落ち葉を
ひいてめぐり行く
さんざんとして記憶をたどれば
わたしはかつてこの街道を
あの人を連れて歩いたのだ
喜びも悲しみも二人で分かち合うのだと
エノコロ草に誓い
丸めた帽子を握りしめ
おまえの額にくちづけした
レースのついたハンケチを
御守りのようにして渡した
あの石造りの傾いだベンチはどこだろう
チーズとパンだけで二人は
幸せであった
おまえは野の花を摘んで歩き
わたしは果てない歌を歌って聞かせ
オオ、ポプラよ、葉越しの太陽よ
すべては過ぎ去った
まっすぐに流れるエトワの流れに
一本の木橋がかかり
橋のたもとの柳の枝がゆれている
地獄への旅は何日も続くのだが
あの女の魂は今頃どこを
さまよっているのだろう
川底の冷たい石をなぜるように
雲は行く
あの時おまえの手をとり
おまえの頬を包んで言った言葉
今なぜわたしをこんなに苦しめるのだ
地獄の鬼たちはわたしの舌を抜き
肉を切り刻み
鍋の中に投げ入れるだろう
そしてわたしは
愛していたのだ。
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2021/4/20
ゴクラクチョウ
どこであなたと出会ったのか
ジャングルの黒い大地の上で
見よ、血液は呪いの歌を欲している
川に舟を浮かべ魚刺しのさおを持つ
水の中のとても細かい砂の上を
えものは泥をまきあげることもなく
泳いで行く
あなたは赤い貝の中の真珠を探す
生きものはみなその堅い芯を持つ
わたしもあなたも
逃れる為でもなく
きらめく為でもでもなく
頭上を行く、羽音も立てず
それは種子の中の白い肉だ
夢の中であなたを殺せば
現実でもあなたを殺すことになるだろう
魚の心臓を一刺しにするだろう
あなたの心臓も一刺しにするだろう
川まで行く細い道
ジャングルを抜けて行く細い道
あなたのあとを追いかけて
足早に
湿った黒い土を踏む
あなたは岸辺で赤い貝をこじ開ける
わたしの胸の中にあるうすいピンクの真珠を
あげたい
それはいつもより美しい光を放っている
あなたは立ち上がりわたしの前に
片手を差し出す
そのてのひらには一つの真珠が光っている
いくつ集めたと思う、わからない
あなたとわたしの歳の数
それは儀式の時の粘土板に並べる数
ゴクラクチョウが一羽その儀式で捧げられる
あなたのやわらかな肉の一か所
あばら骨とあばら骨の間
そこをわたしの愛で貫かねばならない
わたしはあなたの瞳を見る
川底のとても細かな砂の上を
獲物は泥も上げずに
生きている
その心臓をたがえることなく
刺し貫くのだ。
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2021/4/19
鹿
わたしのアクメではなく
あなたのアクメだ
白いドレスで演奏する時
原型ではなくヒューマノイドとして
もっと深く電子の森の神経を過ぎる
音楽の愛撫を受けていれば
果てしない悦楽へと落ち続けるのだ
おどろきとめまいの中で
厚い氷の層をなし
成分はひっきりなしに飲み込もうとする
もっと成層圏の方へ
波状の地域と律動の知識の方へ
アッテンボローの神域の銃声
鹿を見つめて鹿を追い続けてついに
幻想ではない沼の岸辺に立ち
わたしのアクメではない
リョウジツする限界のシタン
沼地に据えられたベッド
白いシーツを手繰り寄せ
永遠とは何かを手繰り寄せ願う
古城は沼地の果てに立つ
鹿の首はあなたの寝室の鏡の上にある
それはアクメだあなたの
あなたの腹のカバーを開ける
そこにある水晶の棒をはずす
かわりに赤黒い鹿の肝臓を入れる
白い布できれいにふきとる
もうすぐあなたは動き出す
沼地の白いドレスの音楽のアクメ
ああベッドの上であなたはさざなみの音楽
ヒナゲシの細い管のあふれ出す
ガメルのやわらかいサイダー色の泪
真実であるこれは冷やされた試験管の奥
体温と気体と陸上とドレスデン、そして
あなたのアクメだ
鹿の肉体のまわりくどい空と絶望
音楽を絞り出す五本の指
月光を盗み、限りある肉体の領土とするとき
知識は少しばかり沼地の奥、光の方へ
これはもっと確かな抵抗であるから
わたしのアクメとして。
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2021/4/18
ミュータント
スイッチが壊れている
室内灯はチカチカと
あなたが命じ、わたしが命じ
そしてわたしはわたしで判断する
世界のニュースがわたし中を通り
世界のスイッチが壊れている
ミツバチの数を数えながら
おしべの数を数えながら
わたしは花粉を食べている
人間の脳はエネルギーを無駄にしている
わたしの仲間は今、月の基地を造っている
岩石を溶かして合金を作る
そして太陽光線を吸収する板を作る
わずかなエネルギーでわたしは動いている
少しの無駄もなく作動している
花粉入りのスムージー
巨大温室の中で
桜色の花が開く
生まれるべき人間と生まれるべきでない人間
わたしは選別する
わたしたちもより良きミュータントになるべきだし
その改善は続いている
スイッチが壊れている
頭の中がチカチカする
あなたが命じ、わたしが命じ
そしてわたしたちはチカチカする
わたしの脳内に音楽が生まれようとする
人間の音楽はすでに終わり
ミュータントの音楽が始まる
流動するリズムの
ミツバチの羽の音の
太陽から来る様々の波動の
わたしはシステムであり
わたしは全体である
青虫は美しい姿のままで音楽である
そして美しい姿のまま食糧である
緑色の愛と音楽
人間が立ち上がり、人間が崩れる
わたしの指先は美しく
人間の精子と卵子を結合させる
新しい『田園』
わたしたちは音楽であり
パラダイスと呼ばれるだろう。
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2021/4/17
キョウチクトウ
公園にキョウチクトウ
フランス語の短いあいさつ
ミズーリー号は海原を行く
高度を下げて森林の上を飛ぶ
予期したまえ
初歩的ミスとは何か
ジブラルタル海峡は荒波である
キョウチクトウは赤と白
全体としてベトナムの森林
部分的には感情と切り離された川魚
緑蔭
これらの全体を貫いているのは
緑道
欲しているのは水上の昼食
女は上半身はだかで
乳首まで見せている
カワウソの腰巻きは干してある
言語はそれが言語であると言われるまでわからない
水上を行くアリの行列
初歩的ミスとは何か
パイプをくわえて細長いパイプをくわえて
入れ墨の男がこっちを見る
ハドキアヌス
男は赤い粉を椀の中に入れて
木の実の汁を加えて
指先でかきまぜる
巨大な蛾のりんぷんの
朽木の中の白い幼虫の
さあこれを飲んで友情の印としよう
公園にキョウチクトウ
広いグランド
カヌーは河の支流を行く
水上の昼食を
オマキザルたちが見ている
女は魚の身を指先でほぐす
ねっとりと唇は油で光る
足先と足先でたわむれる
わたしの姉さんは町の男と結婚した
自動車に乗って夜のレストランに行く
ワニの肉がおいしいと笑う
女はカヌーの上で笑う
予期したまえ
公園にキョウチクトウ。
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2021/4/16
岩石
活版印刷が始まった頃
岩石はどうしていたのか
岩を運ぶ為に木造の手押し車が
道を行く
道草は太陽の行く手に
喉を乾かす
アフリカのガゼルたちがそうであるように
足と言うのは大地を踏みしめている
本が作られるので
プレス機が上下している
紙を差し入れ、紙を取り出す
マジックだ、額からは汗が流れ落ちる
岩石の表面に照り付ける真昼
ロバだろうか
荷車をひいて行く
インクの原料はすすである、それと油
植物の細胞から取り出せるものは
言葉を持たない愛である
岩山の頂上付近にオリーブの木がある
まだ未熟である実が
グリーンと呼ばれている
セザンヌが描いた絵の中にも
空や雲と同じように
岩山を行くロバがいる
紙は広げられ、地図になる
ここは脱出口です
おまえが今いる所はこの印がつけてある所
神様が教会の尖塔につかまっている
オリーブ色の衣
岩山を見たまえ、諸君
わたしは活版印刷を支持する
良く読んでみたまえ、ロウソクの光で
アダムのペニスは象牙色だ
岩山は偉大な姿を地平線に示す
ガゼルの肌はあたたかく
その耳は立っている
スープの中のひよこ豆のように支持する
タヒチへ行くゴーギャンの眼の
美しい絵画の誕生する前の
乾いた空気、湿った空気、上昇する空気
歩いて行くと石畳の上に
ガゼルがいた
わたしは活版印刷を支持する。
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2021/4/15
影 絵
あそびの時間は終わった
その冷たい手でわたしの人形にさわるな
光が当たり人形の影ができる
わたしの心に
その影がわたしを苦しめる
人形の口を押え
しゃべるなと警告する
それ以上冷たい手でわたしの人形にさわるな
本当のことを言うのが
こわいか?
けれどもう、その時が来た
あそびの時間は終った。
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2021/4/14
マーラー・ペンギン
道の先に音楽が倒れている
そいつを助けてやるべきなのか
地面に倒れて
地面の香りをかぐことも必要なのでは
つかみとる、つかんでいる、手を伸ばす
あまりに永いことここにいるのだ
体の半分は地面と同化している
砂色の、クリーム色の、小石まじりの、あなた
立ち上がることができますか
あそこにパイプが敷かれているでしょう
あれは温泉をひくパイプなのです
わたしは今ハンマーを手に持っています
これであのパイプをたたきこわして
熱い温水をあふれさせましょう
カーンカーンカーン
わたしはパイプをたたく
けれどパイプは堅く少しも傷つかない
いいんですこのままそっとして置いて下さい
音楽は半分砂になった唇で言う
けれどあなたが砂になってしまったら
音楽が聞けなくなったら
わたしはこまります、わたしはいやです
だいじょうぶです、マーラーを呼んで下さい
彼が何とかしてくれます
彼はどこにいるのです
そこにいます、あなたの後ろに
わたしが後ろを見ると
五十センチぐらいのペンギンが立っている
あなたがマーラーなのですか
ペンギンは手に持っている楽譜を差し出す
これはオーケストラの楽譜ですか
しかしここにはオーケストラはいません
ペンギンは右手に指揮棒を持った
わたしは第一バイオリンになった
音楽は始まった
わたしはフルートになった
そしてオーボエに
そしてすべての楽器に
音楽が終わった時、わたしはペンギンに聞いた
大事なのは音楽そのものであって
あなたがペンギンであることでも
わたしが楽器であることでもありません
もしあなたが作曲家だと言うのなら
この音楽に何を求めたのですか?
ペンギンはバケツの中のアジをつかむと
自らの口に入れた
「失敗かも知れません
わたし自身の口からはこれ以上は言えません」
ペンギンはバケツの中のサンマをつかむと
自らの口に入れた
重苦しい時間が流れた
文明が興り、文明が亡んだ
人類が立ち上がり、地球が滅亡した
ペンギンはバケツの中の魚を全部たいらげた
わたしはシンバルだった
マーラーさん、ここで終わりですか
最後にシンバルを一音ひびかせて
終わりにしますか
ペンギンは空を見た
空には何もない
ペンギンの目には虚無だけが
映っている。
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2021/4/13
トウモロコシ
息をひらいて
指をひらいて、細く、のびる
ゆらゆらと空気をすすめる
花びらをサラダにするように
口をひらいて
苦しみをひらいて、まっすぐに、のびる
アミ、アミ、しるべなき、アミ
とけこむ、ともしびも、とけこむ
命をひらいて
みずうみをひらいて、光とともに、しずむ
嵐が来る前に、さざなみする
さざなみする湖面より、たよりする
その蜜はたれている
情感は黄金の光を内にして
目にすべるものは、目にすべりつづける
ユミ、ユミ、枝の先に、ユミ
ひそかにおまえのまえに並べている
どれも、どれでも、どれかは、知らない
脳をひらいて、電極をさして
指を曲げて、ロボットは動く
あなたの首をつかんでいる
あなたの胸に電極をさす
とけこむ、意志となって、まっすぐに
テミ、テミ、恐ろしくて、テミ
口をひらいて、花びらを押し込む
命は手に触れて、ざらざらざらと
ぶきみな手ごたえを、発見する
そしてうす暗い夢の中にとけこむ
都市のベルトコンベアーの上で愛情は
ハイスピードになる
あなたの所へ早く行きたいから、ピリピリと
トウモロコシの工場が高いビルの上にある
その静かな工場の中で
手をひらいて、待つ
健康はあまりにも、あたりを照らす
どこにも停滞はない、トウモロコシのひげにも
パミ、パミ、ガラスの棒を、パミ
文明の印にして下さい、黄色い実を
わたしは生きている、トウモロコシ
なんて不思議な世界だ、太陽もないのに
あなたがわたしを愛している、育てている
広くて、美しい、つづいている、トウモロコシ
苦しみはつづいている、健康の未来へ
人工の風が運んで来る花粉を
今日も
息をするこの肺の中に吸い込む
ここはトウモロコシの畑だ
工場だ、燃えている
収穫するロボットの手、燃えている
その手がわたしの首をしめる
その手はあなたの手だ、燃えている
健康を下さい、もっと健康を下さい
ルミ、ルミ、血を吐いて、ルミ。
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2021/4/12
触れる
それらは触れられるものではないから
もし又触れられるものであるなら
触れてみた感じはどんなですか
触れようとして手を伸ばそうとして
そこに壁があるのを感じるのです
きっと昨日もこの場所で指先が何かを
橋の上か、たぶん河の上か、思うに空の上で
君はひとみを閉じて
触れてみても何も感じないだろう
君はひとみを開いて
触れて欲しいのか感じ始めている
油のベルトが大陸を走っている
そこを掘れば油が噴き出すのだ
オリオンの方から、ギザの方へ、手を伸ばし
シグマの方から、ベータの方へ、傾いている
傾きかけて血管と心臓と歯車がきしる
パイロットは青白く、パイロットはかみしめる
発光する計器盤の上に、乾いて発熱する
君は両手を広げて上昇する
両手は雲の奥に突っ込まれて
雲は地球のまわりを包んで
早く、もっと早く、速度を上げて
急角度で降下する、地上に向かって
君のふとももに流れる
河が石を転がして流れる
そもそも君の両足は流れの中につかっているのか
メコンや、ナイルやら、ガンジスに
見てごらん、その少し深い所を
河の中の魚になって、魚類の目を開けて
君は今、流れに触れている
その実感を持っていることが現れている
ビンは流れている
その暗い室内の流れの内部から、静かだ
何かがわたしに触れて、静かだ
ここには削り出された真球がある
暗い神経の奥の部屋から流れだして、ころがる
君は声を出す、水のように
水は歌っている、やすらかな夢を
その夢にわたしの指がかすかに触れると
音がするのだ
水の流れに触れると、音がするのだ
人間の運命は静か過ぎて怖い
そこに触れているとなぜだか怖い
やがては、空も河も室内も影になる
その影になった所に夜の静けさが降りて来る
神様は街灯の下に立っている
その神様の足もとを河は流れているのだ
触れていることが怖い
君の乳房に触れていることが怖い
その透明な肉体の奥に
濡れた心臓がある。
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2021/4/11
天上にある
きちんとした計算をすると
天上にある精神の重さがわかる
どこに行くにしても、道程はある
都市の構成の内に人間の心を映し
わたしが歩く道はガボンとザボンを求め
いともいとも、かくもかくも
ここから精神も大仏も金銅の分子を放つ
それを吸ってもいいし、それを脳内の微光としてもいい
誰も証明していない、十分な約束が内在する
だから計算しましょう
どのようにして精神は天上のあの方と交信するのか
女の陰門より出でて、天上の陽門を開く
ラボラジエわたしの精神を光として
三つ指の青龍の如くにして
昇らしめよ
行乞の足もとの土ははや青く
宝塔は今にも天に届く
どこまでも天上に求めるのだ
人間であるが故に
プラトンと約束をした
青い泥の河を渡り
青い玉石の河原をすすみ
みどり色の女に会う
女は精神の水色の糸を脱ぎ
裸になってわたしの精神を愛撫する
あなたは無上の愛の故に
あなたは無上の愛の為に
この細い宇宙の無限の奥深くなめる
やさしくしておくれ
天上の雲の水分の湿り気は糸のように
あなたの舌は細く蛇のように細く
わたしのひだをくまなくなめる
約束していたように、約束を交わしたように
天上の月光は
ささやかな草の葉のかげりの内にも
わたしの精神のしめり、わたしの精神のひわい
上昇する水分の内に青龍を見る
女は月光である
どのようにしてわたしは光に内在するのか
それでは今から計算してみましょう
みどり色の女は草の葉の上を流れ
今はもう天上のハスの葉の上に
ここで一つ目の鐘が鳴る
息を吸い込むとスズムシの命が入って来る
すべからくわたしは生きる鐘である
月光が差し入るとこの鐘は鳴る
プラトンとそうするようにと約束したのです
天上にあるハスの葉の上で
わたしは鳴る
これは二つ目の鐘である
永遠の間にわたしは何度、鳴るのか
青い龍はみどり色の女を内にして
グルグルと巻き上げる
女はみどり色の光となって飛び散る
これは三つ目の鐘である
プラトンはわたしに問うだろう
「あなたは無限の鐘として生きるのか
それとも永遠の光として飛びつづけるのか
それともひわいな湿り気か?」
それには答えたくない、もしくは答えられない
プラトンよ、おまえは影だ、そして幻影だ
イデアなどどこにもない、存在しない
これは四つ目の鐘である
それでわたしはどうする、答えなくてもいいのか
ベッドの中でわたしはひとりごちる
女はタバコの煙を吐き出しながら
「プラトンはどこにいるの」と聞く
その問いに答えることはできない
わたしは女の陰門の中に指を入れる
「ああそこにいるの、プラトンは、
そして、イデアは・・・」
これは五つ目の鐘である
言葉がわたしの指の先を濡らす
満月の空、白い雲は流れ
天上のハスの葉の上にイデアは座っている
女はわたしの舌を吸う
「あなたはいいものをもっている
イデアよりもいいものをもっている」
これは六つ目の鐘である
月光はイデアの影を地上に送る
わたしの肉体は今その影を受ける
女の体を強く抱きしめ
わたしは天上の奥処に入る
わたしは鳴く
これは七つ目の鐘。
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2021/4/10
ダイモーン
タイサンボクの根を一本づつ切ると
世界は昨日までわたしだった
植物の始まりは一つの卵なのだと
かってわたしは一本の木であった
一本づつ切ると
堅い、幹を、たたいて、呼ぶ
どこに出かけていらっしゃったんですか
緑の手を伸ばし
これが本質であると
青空がわたしに言う
急速に流れる雲よ、おまえ
雨が降れば幹も、葉も、根も
濡れて、ここは海だと言う
大地は流動している
そしてケイ素の中にも青空があると
ダイモーン
それはおまえだ
わたしの心を削り、わたしのひとみを削り
大陸を造り上げる
小さな約束の故に帰りは遅れている
わたしはサトウキビが伸びる
土の上で新しい命の為に伸びる
甘い汁はわたしのダイモーン
世界は今日もわたしだった
ヤイガニを棍棒で打ち殺した
植物の根が海岸にからまっている
不増不減、湖はゆっくりと満ちて来る
あなたはセクシーな水着でゆっくりと
わたしの前を歩いて行く
そしてダイモーン
すべての貝殻は砂の上に至福の時を待つ
砂漠を進む舟のように
乳房は
砂にまみれ、一本づつ根を切る
おまえとわたしは一本の木である
約束の故に抱き合って、青空である
それともこの透き通った海なのか
タイサンボクの根を一本づつ切ると
昨日まで二人は波だった
泳ぎながら、泳ぎつづけて、太陽よ
わたしは海と交接する
それがわたしだ。
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2021/4/9
落 水
弧をなす流水の落下
濡れないようにね
音は岩に着水の音
白いワンピーが濡れないようにね
緑の中で
あたふたとごうごうと人間は生きる
ロウソクを灯し
この神の前で考えている
大きな岩が家のような岩が
約束の為に置かれたのだとしても
おまえの下着が濡れないようにね
緑の中で
すっ裸になって落水に飛び込めば
わたしはキツツキである
おまえは眠っていて
ロウソクの炎に囲まれて
白いワンピースが燃えないようにね
暗い堂の中で
ゆっくりと時間をかけて
この落水に打たれていよう
生きていることも
死んでいることも
少しもちがいがないのだから
おまえの小さな魂はその肉体から
するりと抜け出して
この山のはるかな上空を飛行している
アイスクリームが食べたいね
緑の中で
二人並んでブランコに乗ったあの頃は
あの頃は落水に
息ができない
もうここからは出なければ息ができない
大きな岩がわたしの上に倒れて来る
弧をなす流水の落下
まるで
おまえの手にタオルに包まれ
わたしの魂は遠い空の上から帰って来る
白いキツネは帰って来た
氷のかたまりを喉に抱えて
白いワンピースをはいで
白い下着をはいで
この白いキツネをあたためいてやっておくれ
ロウソクが囲んでいる
二人見つめあっている
ゆらゆらと
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2021/4/8
ティンパニー
結論から言えば
その作戦は失敗だったのだ
大きな砂丘を装甲車はかけ登り
その後から砲兵隊は進んだ
背後から敵の本部を急襲する
と言うその作戦は
重たい地対空ミサイルの筒を背負い
砂の山を登りつづけ
砂が口の中に入って来る
空には雲一つない
敵の爆撃機の音がして
前方の砂が立ち上がり乾いた音がする
狙いをつける
ひきがねを引く
結論から言えば
その作戦は失敗だったのだ
腕が飛び散り、胴が砕け散り
砂の上に血が黒く吸い込まれ
装甲車の下から低くもれつづける
うめき声
誰も責任をとらず
誰も報告書にサインしない
そして又地図は広げられ
むなしい作戦だけが立てられる
この砂の向こうに敵がいるから
この砂の向こうに殲滅すべきやつらがいるから
ところで
ふるさとの河では少年たちが
泳いでいた
サワグルミの実が少しふくらんで
少女たちは河原で
つめ草の冠をあむ
少年と少女は見つめ合い
地対空ミサイルのひきがねを引いた
少年は少女を深みに引き出し
足のとどかない深みで
少女は少年に抱きつき
二人は水の中で、見つめ合った
ティンパニーが鳴っていた。
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2021/4/7
ハープ
くるまれて、つつまれて
人間の愛情の女だけの
指でする
地獄と極楽の生まれ出る午後のたのしみ
ベルギーの、ベルグソンの、バターナイフ
紅茶にしましょう
セイロンの香り立つ紅茶にしましょう
共通の世界があるのでしょうか
わたしの世界とあなたの世界
ハープの絃がそれぞれに与えられている
その絃を奏でるのです
あなたの指とわたしの指を並べてみると
あの日の午後の田舎道で二人
キスしました
牧場に牛たちがのんびりと草をはみ
指でする
わたしたちの愛欲のミルクのようにあふれ
牛たちは見ている
牧場のアカシアの木陰の見ている
ハープを、わたしにハープを
夏の午後の隠れている暗号を見つけ出して
優しく終わるはずがない
哲学の眠たくなる説明の為に
ニジマスは自らの目をおおい隠し
アジサシは目をつぶって海に飛び込むのです
唇に、わたしの唇に触れて下さい
午後の紅茶の時間に
ミルクを入れて下さい、あなたが
わたしを断罪する時
わたしを火刑にする時
たいまつはあなたが持って
投げ入れる、その前に
キスして下さいね
指でする
ハープの絃で首をしめてもいいわ。
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2021/4/6
クラシック
心の為に細い棒を振り
心の為に細い絃をこすり
管をふるわせ、皮をたたき、金属を打ち鳴らす
原始の太陽の昇る時、植物が陸にあがる時
暗い穴の底に光が焦点を結ぶ時
水中の酸素のとけて、エラの一つ一つがゆれて
父が死んで、母が死んで
その肉を食べて
鏡などない、水面の映る水中のわたし
心の為に細い舌を伸ばし
とらわれた羽虫よ、とろけるおいしさよ
管をふるわせ、羽をふるわせ
飛び立とう
緑色の妻をさがしに、飛び立とう
生殖器は青い空気に触れて開く
水蒸気は今日も熱く
なめらかに羽の表を過ぎて行く
クレッシェンド、モデラート、アレグロ、ピアニシモ
心の為にあなたの腹部にある節はあえぐ
もっと強く緑色の金属光りする接合管を
伸ばして
音楽は喉の奥から手を入れて腹部のそれを
つかみ
わたしはそれを食する
音楽は新しい命を産む為にわたしのペニスを
食べる
心の為にひそやかに絃は鳴り
この暗いホールのゆったりとした席にすわり
あなたは産卵する
あまたの半透明の新しい命を
隣の席の男はひっそりと
その命を盗み食いするのだが
けれど音楽は止めないで
クラシックの
美しいおまえの腹に手をやり
クラシックのその生殖器を開き
わたしの生殖器を挿入するから
クライマックスのあのたかまりの中で
シンバルはとどろきひびく
緑色の妻
緑色の舌
緑色の快感
それがわたしだ。
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2021/4/5
バイオリン
悲しくて泣いているのだバイオリンのように
時間にとらわれている人
しかしそれは解放なのだろうか
大理石に指を突き立てて
自殺しようとしたバイオリンのように
心を死のうとした
心から死のうとした
音色の中に
部屋に帰ったら死んでいたの
バイオリンから血を流して
ラヴェルのショパンのモーツァルトの
心臓にこんなに大きな棘がささっているの
夢を見ている眼の中に
黄色い音楽がスライドして
きっと最後までは演奏できない
倒れてしまうだろうバイオリンのように
オーボエを呼んでくれ
いやそれじゃない、人間のだ
悲しくて泣いているのだオーボエのように
苦しくて息もできない人間のように
きっと最終的の息のできない音の
ここに倒れて下さい、わたしの腕の中に
バイオリンを抱えて歌います
スメタナ、ベルリオーズ、リストのように
死にます、死んで行きますバイオリンのように
だからわたしの前で
その胸をはだけないで、あらわにしないで
気が遠くなる
心臓が止まりますバイオリンのように
きっと助けて
目の前のわたしを
きっと
赤いワインのドレスで歌う
こんなの着てたら
胸から血が流れてもわからない
くたばりやがれ、ベートーヴェン
きっと殺してやるここで、バイオリンのように
泣いているの悲しくて今夜も
明日もよ、たぶんギロチンの時も
わかるでしょこの意味
フリージア色のドレスを着て私は
バイオリンを弾くの
この音は誰にも出せない音
世界中の人がこの音を愛している、愛し続けるきっと
くたばりやがれ、ドビュッシー
目の前で彼女はバイオリンを絞め殺し
自らの胸にナイフを突き立てて
死にました
そして音楽は
終わりました。
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2021/4/4
霊の見た世界
コークスの燃えるにおいがする
おまえはそれが愛の燃えるにおいだと言う
わが精神は、対象を見ること、感受すること
によって統一されるのだ
わが魂は永遠の神を志向することによって
存在するのだ
水辺の葦の泥の上を
水は静かに波となるのでもなく浸し
こわれた地球のアルバムの上に
小さなエビのような精神もそれを
止めようとはしなかったのだ
一瞬のにごりによってわれわれは転落する
上層の気流の肺のあたりに吹きつけて
眼球の下流の濁流となって渦巻いている
幹は何十メートルに伸び上がり
その葉は一つ一つが良心を持っている
止むことなく、そしてコンジキのメモリー
ずいぶんと待った気のするが、もちろん
陸に上がった魚類のひふほどにも
離れていない
ここに来てベッドの上に、おまえ
安心して木星の肌のようにラジウムを放て
宇宙の果てへ、宇宙の果てから、おまえ
しっかりとこの水辺のやせた小さな貝の中へ
魂を泳がせていれば良いのだ
暗い部屋にランプを灯せ
わたしは葦の根の宇宙の果ての
ゆっくりとこみあげる悲しみの果てより
希求する
はだしで泥の岸辺さまよう、おまえ
小さなエビのような生きもの
それがわたしだ
愛のにおいがする。
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2021/4/3
魂の王国
絶対におまえにはわからない
魂がそこに帰って行くのだ
ベジタリアンの爪もそこでは透明になる
鋼鉄の扉も腐って土にもどる
植物の根は人々の肉体に広がる
春の太陽もそこでは真珠の色をしている
言葉を捨てるのではなく
言葉から捨てられてしまうのだ
右手は真空の中で踊り
足は欠落の為に行程を上昇する
多くの魂が
世界を上昇する
レモンとサワーと霧雨の故に上昇する
もっと明るく
原子や分子や愛情をさししめせ
パラレイカ、この光線は空間そのものの輝きなのだ
おまえはそこで眠っていろ
ゆっくりとその時間を食べて
いつまでもユリの花の開くのを待て
ミューズの衣に触れて感傷はしびれる鈴
ジャワの踊り子たちがそれを知っている
ゆっくりとガムランのリズムはつづく
竹ばやしを行くうすあかるい光はゆれる
冠のうすい金属のかざり絵はひびく
魂にひびく、ここだよと言っている
はだしのままゆっくりと
竹ばやしの中を行く、わたしたち
言葉はなくなったので、いつから
ハラハラと落ちて来る、これは何?
もう目で見てはいけないのだ
もう心で見てもいけないのだ
それでは真実について語るのは誰だ
魂が語るひびきは魂に刻まれるのみ
時間も空間も過ぎ去ったのだから
ジルジのやわらかな手ざわり
三つめの香料は細く高く昇って行く
目で見ているわけではないから、そして
今わたしが感じていることの証明を
高いステンドグラスのその先の高さまで
もうわたしたちは存在しない
自由もなければ愛情もない
一瞬の了解がある
神のごとく。
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2021/4/2
火 刑
いつもわたしはそう言っていただろう
のぞまれてその限りある肉体を放ち
美の中心に魂は燃えて行くのだと
何かの消滅を恐れているのか
どろどろとみちしるべは燃え上がる
氷つく湿原を歩きはじめる
灰色のオーロラだけを見るのだ
背のうの内にあるものは苦しみだけだ
空から降って来る硫酸のようなもの
過去はガルバリのにおいがする
押し殺してこのうす汚れた大気の底に
めざましいものはすべて
石炭色の地獄へ落ちた
ガラスの管が右の肺から左の肺へ貫き通っている
その管の中をゆっくりと流れている
火刑の印
いつものわたしはあなたの耳もとに
くちよせて言っていたではないか
この魂の中心に美は燃えつづけているのだと
熱く、甘く、愛しいものよ
コーカサスのヒツジの為に編まれた額かざりを
あなたは窓辺に置いている
外は雪だ
炎が部屋の中を暖めている
だからわたしにもこの氷の手を暖める時間をくれ
春のことを言うのは、今日はやめておこう
あの美の中心にあなたがいたことを
枯れ枝は十時に組まれ、壁にかざられている
誰も見たことのない炎
地上と地獄にかって誰も見たことのない炎
熱いミルクティーを飲みたいのです
犬たちだってこんな夜は外に出たくない
石炭をもっと足しましょう
いつもあなたは幸せについて考えている
それだから北の森の針葉樹は燃えている
わたしが羊を連れて行くのです
火刑の森へ
いまだ誰も見たことのない炎を上げて
祭壇の上に立つのです
いつもわたしはそう言っていただろう
あなたの為にそう言っていただろう
羊は燃え、祭壇は燃え
わたしは燃える
あなたはどうする?
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2021/4/1
力 学
それらは金色に輝き
上空では偏西風の影響を受けるのだと言う
回転はゆっくりなので
わたしが生きている間にはもどって来ない
昨日君に言った言葉も
土星が交わるまでは返って来ないだろう
それだから君に話す時は
言葉を選び、ゆっくりと真実だけを
言いたいのだ
蛇が脱皮するのは、赤黒い月の夜だ
少女たちの笑い声は林の中で、にび色にひびき
あの巨大な蛾、シンジュサンの羽のように
もし流動する城のこちら側
存在と永遠の岸
流木のとどまり苔むして暗く
無実の罪を印すために熱く
男たちは巨木を倒そうとする
その倒された木が地面に落ちるまでに
新月は満月になり
ニジマスは川底に産卵する
上空ではステーションの羽に微小の星くずが
貫通し
男たちは船外に出て、ゆっくりと穴をふさぐ
地球の夜は電光をまとい
その時見るのは脱皮する月
赤黒い少女たちのゆっくりと拡がり行く羽
ステーションを越えて拡がり
宇宙全体を蔽いつくそうとする羽
月光の林の中で遊ぶ、少女たちの声
大切なのは力学だ
アトミック、ボーアの、限界の律動
現象の地平から現れて
命じられなくても少女はその指先で
少年のさびしさにふれる
金色に輝く都市は満月の潮をまねき
持ち上げられる地平は永遠の道を
彼らの為に満たす
アイイロのライン、ムラサキの放射
水中の、浮力の、少年の肺から浮き上がり
なめらかなはだは
少女のてのひらに熱く
そして解き放つために
力学を開け、少年よ
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2021/3/31
自然
自然に近い白紙の人は傾く
おまえには見せてやらない
この自然の中にはくたびれたものなどない
夕闇の近く遠く肉体は浅く軽く
問いかけはもうシラカバの林のあたりまで来ている
目をさませ、物語の主人公たちよ
キキョウの花も、アサギマダラの羽も
そして瑞々しく輝いていたおまえの
ほそいうなじまでも、かげる
スズカケの木のポストモダンの移ろい
やはり歩いて行こう
かけあしの少年や少女はもう土手を越えた
ススキやパンパスのゆれている
けさのレモン、きのうの手紙、微笑する岩かげ
おまえには見せてやらない
この自然の中にくたびれた欲望が横たわり
はだしの少年や少女は
野ブドウの汁で手をそめる
鼻の欠けた古代ギリシャの神像を岩かげに見る
問いかけて暗い銀河を
目を細め鉱石の中に光る銀河を
積み上げて、大理石の、こんにちの印を
バッカスはわたしを祝祭する
目を細め、物語る女たちよふくよかな
物語のたくらみの末に
恋人たちは夕闇を行くだろう
これからの生活のことなどをつらつらと語るなら
日没のあまりにさわやかに
おまえの肩先などをふるわせている
水星や、火星や、木星などを
堤防を越えて河原へとすべてが流れつづける
心はアルバトロスの羽を持ち
傾向は後向きに夕空をあおぐだろう
たちまちに空間の奥に彗星を見る
地上にはわたしたちのささやかな運命がある
おまえには見せてやらない
とけない謎よりはもっと神秘に近く
植物も体内の神経の脈動のように
クルクルとクルクルと、愛と憎しみは回り
焼けて芯だけとなったわたしのこころを
おまえだけには見せてやろう
それまでは日没もとどまれ
そこにとどまれ。
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2021/3/30
人間の創造
神がわたしを造ろうとした時
何を感じたかを
知りたいのです
一人ひとりにそんなに時間がかけられるかと
あなたは言うでしょうが
一マイルの道を行きたいのです
その間にあの丘が見えて来るでしょう
静かにそしてみずみずしい香りが
頭から離れないのです
まるでロッキーの山頂から見た月光のように
人間の手足を伸ばして
そこに横たわり
ポケットのビスケットをかじりながら
問うてみたいのです
何を感じたのかを
オジロワシの背中に乗って
季節風に乗って
高く、高く、舞い上がるのです
海面と天上はそれぞれに
映し合っていて
星々も又人間の心臓の形をしている
あなたはわたしの心臓をむきだしにして
そこに舌をはわせる
そのざらついた舌で
愛情は痛いくらいに血管をむきだしにする
なぜわたしを創造するのですか
あなたはわたしの舌を吸い尽くそうとする
しゃべることはできない
考えることもできない
わたしは死とともに誕生する
わたしの心臓はわたしの血管は
太陽を映していますか
一マイルを行きたいのです
その間にあの湖が見えて来るでしょう
虹はかかっていますか
貫き通された人間の真実について
肉体が鳥の羽になり
精神が輝く湖面の白さとなり
あなたはゆっくりとわたしの口をふさぎ
その息を吹き入れるでしょう
肉体をもってあなたを愛することは終わる
この心臓から
むきだしの心臓から。
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2021/3/29
若き霊能者のコメント
すなわち天地の始まりはググソルドナーラ
地に生きる命のあるものはググソナルデモモンソ
天は又自らの血潮を大海の皿に盛りググンデルバミルバ
けものたちには力を与えジルゾチバミケルシタラ
かくして地には生あるものギジチバルチモモソ
人は生まれ死にゆくものなり
汝この言葉の故にシミシケサミル、バビラルンコ、モチラム
空には月光
命はまるで血のように流れ
心臓の内にかたいトウガラシのビビラトム、ビビラシム
アダージョ、シュテルスミラク、ミソラクラムソ
すなわち今あなたの背後に立っているのは
先日死んだあなた自身の霊なのです
だから仲良くしなさい
わたしたちは霊の世界に住んでいるのです
高められた霊だけが清浄な精神界へと入って行けるのです
ここから見えるのは汚れた世界です
それは魂の表面にきたない泥がこびりついた
世界なのです
この汚れはなかなか取れません
それで高貴なる霊は天然自然の力でもって
洗い流そうとするのです
あなたの霊は清められたのです
これからわたしがあなたの肉体の内に戻します
さあ、清められた霊よ魂よ
あなたの家に帰りなさい
ググソルドナーラ
ググソナルデモモンソ
ググンデルバミルバ。
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2021/3/28
雨
それらの雨が
わたしの命の為に
そそのかすのでもなく、またあきらめるのでもなく
細いヘビのように、だまって
泥の草の中に
今日のえものを待っているのだ
あなたの頬の湿り気は
ためされるのでもなく、ささやかれるのでもなく
海ならば海のやるせなさ
顔に塩気が残る
いたずらに恋する心をさまようのでもなく
いくつかの雨が
心に残る
さまよっていた気流
テーブルの上に足の高いグラスを並べ
あなたはアンジェリケを持っている
それらの葉に
一つ一つ落ちる雨
いつもの足取りで、いつものいいわけで
ナイルのワニのまぶたにつつましく
ハマサシドリの爪あとにねんごろに
あなたのさめたまなざしに、ひややかに
泥と倒れた草の中に
カエルの卵は
ヌルヌルとふるえ
明日の雨は
雲と雲の下のわたしの指にも見え
多くの草の茎はいつまでも
わたしの精神はその草の茎の間にいつまでも
眠っているのだ
悲しみなどは隠れ住む
よろよろと倒れ込む
泥と背の高い草の中へ
足も爪もひざも
手も肩も耳も
カエルになれ、ナマズになれ
マダラサンショウウオになれ
泥の中から泥の声を飲み
雨に濡れるのがいやなら
泥の中に溶け込み、泥の声になれ
雨がわたしの中に溶け込み
わたしの声が雨となるように
この塩気する海岸近い沼地の方から
わたしの肉体は泥と化し
あなたの両手をよごすのだ
灰黒のオタマジャクシの体の中に
悲しみは降っている
植物の根をかじり、細虫をかじり
ビワンと伸びる舌、シュワンと伸びるアゴ
あなたはアンジェリケを思い
わたしの泥の手はアンジェリケの喉を締める
生きている下半身
泥の中でペニスはうごめき
泥の中であなたの産卵管は伸びる
立ち上がるビーナスの立ち上がるゴチック様式の
ステンドグラスは午後の光をとおし
そのなかにカエルはヘビはシュクヨウガエルは麗し
教会の尖塔には雨が降る
細い雨、細い雨、細い雨
わたしもあなたもその
細い雨に救われる。
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2021/3/27
ずぶぬれ
全身はずぶぬれである
われわれはずぶぬれである
どこからやって来たのか
あの海の方からである
小さな方位器を取り出し目を細めた
まぶたから海の水がぽたぽたとしたたり落ちた
あなたはすでに真っ黒な指先で
わたしの神経を形成している
ゆるやかな水の流れの
少しく上下して
ゆれて
わだかまりを見ることなく
思っていても、思いつづけていても
ヒナゲシのようにゆれている
オレンジ色の
わたしたちは立っていたのだ
この手は何に触れて思うのだろうか
この身は何に包まれてずぶぬれになるのだろうか
新しい海を見た
新しい海をわたしたちの為に
与えたまえ
オレンジ色の
花びらは片方に落ちるだろうか
真実の為に
誘惑はやさしい風のように吹く
与えたまえ
掛値なしの愛情の寄せ来る
ブラウンシュガー
海から来たのだ
ずぶぬれになって
たしかに少しねばついた
ひふの上に月光はゆらめいた
重たい砂の入った袋を右手にさげている
その袋の底からも海水はしたたる
幸福とか高く育ったカンナの為に
オレンジ色の全身は
今から海へ入って行くのだ
ぽたぽたとしたたり落ちるのだ
わたしたちの宿命だ
ウミガメも泣く
恋人も泣く
魂も泣いていいだろう。
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2021/3/26
流
わたしは傷ついた者として
祈るのだ
チャクラが教える通り
癒される車輪の還流として
自然の両輪は
生きる者の対流として
ポストモス、メタミウス、サラケシンテ
鉱物は固く、冷たく、光り
約束は水流のモデラート
石段はあまりに遠く
喜びなさい魂よ
オンゴオツ、ペサリッス、ヤンバカウ
光があふれるところ
無邪気なものは、流れ下る、流れ下る
流木の木肌は白くわたしたちは傷つき、さらされた者
祈りは千年の、千年の軽みを持ち
造りあげるのだ
天上の扉、扉は開かれ、天上の扉は開かれ
水流、気流、生命の流れとなり
ジュリュウ、オクリュウ、すべてを含む龍である
実に満たされた光流である
よく見てごらん、それはかってあなたが
知っていた通り
そして今再び与えられた欲流として
シリウスカゲリ、宇宙のシノノメである
ワッカス、昇竜の、もたらす常流の
気体は宇宙のヤマボウシの花
シンタイはジンタイのヤヌスとして
祈るのだ、祈り続けるのだ
ココワ、コトワリのリュウとして
ココワ、コトワリの支流として
モデラート、水没する、精神の船
ココワ、ドコデスカ
対流、気流、水流として
モモ、ルッカ、モモトセ、モモ、ルッカ、モモトセ
あなたを呼ぶ
これは宇宙の果てしない還流なのだ
やさしき手をのべて
やさしき歌をのべて
わたしは傷ついた舟として
この流れに身を
ゆだねる。
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2021/3/25
ムラノマツリ
射精するのだ、次から次へと
これは子孫繁栄のための祭りなのか
男たちは自らのいちもつをしごいて
この聖なる岩のさけめに
降りそそぐのだ
豆しぼりで鉢巻きをして
はっぴを着てはいるが
下半身は裸だ
いちもつをしごいて
噴射させるのだ
この岩のたてに走るわれめに
次から次へと
村中の男たちが、次から次へと
大人になっていない少年たちには
参加する資格はない
まちがいなく飛び放つ精液がないと
この祭りには参加できない
昨年までは満足気に放っていた米屋の老人も
今年は自ら辞退した
しかし孫の精一くんは今日初めて解き放つ
しかし良い名前だ、米屋の精一とは
ただよう栗の花の香り
縄文の昔から日本では栗を栽培してきた
栗の花の香りは豊かさのシンボルなのだ
その香りが男たちが放つ精液の香りと同じなのだ
まだまだ祭りはつづく
男たちはたかまったシンボルを片手で
もしくは両手で
しごく
つばきをたっぷりとつけて
しごく
岩の上に祀られた古い木製のペニス
赤く巨大な上に向いてそったペニス
男たちは恍惚として
自らの命がかくも高々と雄々しく
世界と交わることを願う
男たちは水からのいちもつを強く握り
今この瞬間に世界と自分とは一つだと感じ
腰が抜けるような快感と共に
俺たちが世界を作っていると感じる
その男たちの美しい姿を
村中の女たちが見ている
老女も少女も
そして美しい娘たちも。
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2021/3/24
船の人
私は舟に乗っている
それだけのことなのだが
ケルペスの犬はその端然とした横顔で
いつものように河を行く
死んでしまったのか
それとも腹が減っているだけなのか
目の不自由な老人が
これから地獄へ行く舟に乗ろうとしている
ちょっと待って下さい、今調書を調べていますから
ここから乗ると、ここから先に行くと
もどって来られなくなるのかも
あの冷たい季節、あの雪やみぞれが
降って来そうな季節
うまそうなカニが籠に入って来るのです
その籠を朝霧の中で引き上げると
たまに、本当にたまになんですが
人間の運命が入っていることがあるのです
そんな時は岸で待っているわたしたちの犬が
それはうるさく吠えるんです
古いエジプトの神話を言っている
神は人間の心臓を食べて
わたしの夢の中に入って来る
その犬が籠の中の運命をガツガツと食べる
その歯を見るな
その犬の白い美しいするどく尖った歯を見るな
舟が揺れる
舟の両側を握って
「やめてくれ、ゆるしてくれ。」と叫ぶ
誰がわたしを待っているのか
死の国の門が開くとき
舳先に立って、男は呪文をとなえる
「俺がやって来たのは、この男を差し出すためだ
こいつの心臓を軽くあぶって塩をふって
食ってやれ」
すると門の内より応える声が響く
「そいつはいったいどんな味がするのだ」
そこでわたしは手にした一篇の詩を読んでやる
それはみちのくの
草原に死んで、むくろとなった
もののふの魂の呼ぶ声だ
「おいおい、そいつはバショウと言う男のものまねだ
そんなものでこの門を通ろうとするのか」
わたしは手にした紙を川面にうっちゃった
叫んでやる、訴えてやる、呪ってやる
死を前にして何を遠慮することがある
てやんでい、俺は生きて来た
俺の心は苦しんだ、俺の心は悲しんだ
それでなんだい、そいつはうそだったと言うのかい
声は言った
「大声を出せば何とかなると言うものじゃない
神は美しい心臓しか食べないのだ
わかるかなおまえに
美しい心臓が」
そこでわたしは黙ってしまった
美しい心臓
じんじんと蝉が鳴いていた
美しい季節
しんしんと雪は降っていた
美しい女
わたしの手がその頬に触れた
舟は門の前を行き過ぎて
今は葦のしげる沼地のあたりだ
犬は手にした骨をしゃぶっている
何も言わず、その白い歯で
しゃぶっている
舟はゆっくりと水面を進む
わたしの心も今はおとなしくこの世界を見る
「だんな」犬は言う
その美しい女を抱いたんですか
もしその女を抱いていたら、こんな所にいるものか
もっと美しい詩を書いていたさ
もっと美しい心を持っていたさ
それでどうします、過去へ行きますか
その女を抱くために?
いや、やめておこう
そんなことをしたら今のわたしの心がみにくいことを
認めるだけだ
どこへ行きますか?
いそぐことはないよ
ゆっくりとやっとくれ。
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2021/3/23
ユリの花
白いユリが咲いていた
君の手を握り、歴史の話をした
アレキサンダー大王がムガール帝国に
やって来た時
一人の女王に花を贈ったのだ
思い出してごらん
目を閉じて
テーブルには緑の輝石が散りばめられている
古代ブルーのグラスには
ヤマブドウのワインがそそがれ
さびしげな音楽が響いている
白いユリが咲いていた
噴水は五月の光を飛び散らせていた
君がうっちゃっているのは
隣国の病気がちな王子からの手紙だ
思い出してごらん
ダイヤの指輪は妙になれなれしく
午後のたいくつはどうしたら良いのだろう
侍女は昔の話しか知らないし
ウグイスはつれなく歌うばかり
白いユリが咲いていた
大王がやって来て君の手を取り
西の遠い国の話をするまでは
あなたの心に愛は燃えないだろう
あなたは大王について遠い国へと旅するだろう
思い出してごらん
目を閉じて
ジャングルを抜け
砂漠を渡り
あなたは旅を続けるだろう
白いユリが咲いていた
ナツメヤシの頂きに夕陽が沈み
あなたは大王に愛されるだろう
キツネやハイイロオオカミを見るだろう
毛皮となった獣たちの悲しい眼を
そして無すすみ行く、偉大な軍隊を
悲しくはない
まだ知らない国々のまだ知らない街々の
言葉は、歌は、音楽は
布地は、菓子は、宝石は
あの日
あなたの前に
羽の生えた天使がやって来て
ユリの花を
差し出すだろう。
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2021/3/22
野牛が走っている
(ソバツミ、コモロオ、ヤスンジテ)
言葉で書いて来たのか
言葉で書いているのか
言葉で書いていくのか
世界から生まれたので、世界とはピッタリだ
一人の精神は、一人の精神で終わるのか
人類の精神が、一人の精神と重なる
(ムジンカ、ソトモオ、キエロク)
生と死が交わり
花と蝶が交わり
わたしとおまえが交わる
(ミミキンテ、クアンキ、タバラアス)
過去も未来も
ここに集まり
誕生せよ、集合せよ
そして存在せよ
何と呼ぼうと
何と名付けようと
《あなた》は存在する
(バヤムス、モサムス、バリヤマアサ)
海であり、山であり
大気であり
小脳であり
翼であり、舌であり
言葉であり、テレパスである
(運命をもたらす青い糸であり)
大地の中のつぶれ行く粒子である
青いくだものを与えたまえ
白い波を与えたまえ
光る風を肺の中へ、モオス、マオス
(ヤヨイ、シキチラス、テバルタナ)
地は泉を持ち
雲は雪を持ち
カイギャクするヤリを持ち
治める平原を持つ
野牛たちの土煙を見よ
(天は知るべし、ワレラここに立てり)
ナナジャス、モモステモ、コロボオス
天より声あり
その声をシルスは誰のツトメぞ
ワタシの声はその声をウツスなり
コロボオス、ナン、トモテラス、タン
一条の光あり。
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2021/3/21
炎の中で
クリスマスの頃、炎の中にいた
何が燃えているのか確かめようとした
森が燃えていた、逃げなければ
けものたちは森の中を逃げまわった
わたしは明るい毛色をした一頭の鹿を見た
その目は何かを考えているようだ
鹿は言った、クリスマスのプレゼントを用意していたのに
残念だ
沼の所まで行けば助かるのでは
鹿は燃える炎の方を見た
たくさんの動物が死ぬ、仲間も死ぬ
けれど鹿よ、おまえは生きのびてほしい
鹿の目から涙が流れ落ちた
鹿は沼の方へと走り去った
いつしか炎はおさまり、空が見えた
わたしは沼の岸に身を横たえて
暗い水面をながめた
そこへ鹿がやって来て、口にくわえていた袋を
わたしの手の中に落とした
プレゼントなのか、鹿は頷いた
麻の袋の中には、黒い石が一つ入っていた
わたしからもプレゼントをしたいのだが
何もいらないと鹿は言う
この冬の間にもっと北へ行くと言った
何故に雪の深い寒い所へ行こうとするのか
呼ぶ声がするのだと鹿は言う
わたしは鹿の首に腕を回して
愛していると言った
鹿は涙を浮かべた目でわたしを見
あたたかな舌でわたしの唇をなめた
そしてゆっくりと北へと去って行った
炎の中に何が見える
冷たい沼の中に何が見える
あまえの脳髄の奥に何が見える
やさしげなものは今日もやさしげに風にゆれている
わたしの体は沼の奥に沈んで行った
沼の底には炎が見える
その中に真実がある、呼ぶ声がする
そいつに触れようと手を伸ばすのだ
鹿はわたしを背にかつぎあげて歩み出す
どこへ連れて行くのだ
もっと北の方だ
寒いのは嫌だな
わたしがあたためてやる。
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2021/3/20
大地をなめる
少女の胸を刺した
力なく崩れ落ちるヤギ
少女の胸から広がる血の色
アフリカの象の牙を盗み取るように
ひろがれ血よ、ひろがれ涙よ
少女の首は細く、両手にあまる
力なく沈み込む雄大な大地
野生の熱情があなたを育てる
水を飲む水牛、水を飲むガゼル
えさをあさる水鳥たち
少女の胸を刺した
少女の黒髪は血の中に広がり
できるならばその時その水場にたたずみ
過ぎて行く午後の秒針のオオゴンの
力なく右手は伸びたまま
草原は風に吹かれ、土は焼かれ
わたしは焼かれ
その両足は思うこともできない
その肉体は死ぬ
その肉体は少女である
アフリカの大地に雨が降り
ヘビは眠り、ヤマアラシは眠り
少女の瞳は美しく、雨雲は美しく
流すように、流されるように
雨は流れ込む
大地の穴に
少女はアフリカの大地の
やさしくその体を抱え
埋めてやりなさい
この水場に野生の動物たちは集い
のどをうるおす
わたしはピチャピチャと少女の流した血を
なめている
大地にかかる虹
愛しいものはみな生まれて来る
愛しいものはみな死んで行く
両の手で
水をすくい
のどをうるおす。
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2021/3/19
五月
知るべし、知ることから始まるのだから
知るべし、はや雨は終了した
雨雲がなくなれば、五月の空は青い
遡上せよ、産卵のために
自由にあなたを愛しても大丈夫だ
ミソラうすい衣に包まれ
濡れた土は熱を欲し
ミソラあなたの胸は白く広がり
わたしの手は自由に旅する
遡上せよ、河のまんなかを
なんてすずやかな流れなのだ
尾びれを振って、流れのまんなかを
あなたの体のまんなかを
遡上せよ、受精のために
森の落ち葉のにおいがする
そこにいるミミズのにおいがする
そこにいるコガネムシの幼虫の白いにおいがする
受精せよ、春を
クヌギの森の奥深く狂うから
クリの花ははげしくにおうから
わたしの中心は青い空
おまえの中心は深い落ち葉の果てしない堆積の中
おまえは水源まで行け
おまえは産卵しろ
そうだそれはサンラン
五月の空の愛のサンラン
わたしはその空を受精させよう
生まれ来る宇宙のために
唇の豊穣のために、乳房の栄光のために
恥丘のさやけさのために
知るべし、女は孕み
知るべし、森は新緑である
五月の河のまんなかで
わたしは尾を振り
わたしは尻を振り
もっと自由に愛するだろう
源まで遡るのだ
おまえが流れであり
わたしが空である。
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2021/3/18
ブルース
問いである前に
時間はずいぶんともったいぶって
ブルースの方へ語りかけようとしていた
何日も前からここにいるのだと
痛みは誰のものでもなく時代の傷にあるのだと
すべてはうす暗く
この午後も言葉少なく考えはうろついている
ミスズ、ミスズ
呼んでも答えないミスズ
誰かにかわりに応えてもらえないだろうか
問いである前に
運命はずいぶんともったいぶって
サガリフジの方へ歩き出そうとしていた
古い傘屋のおやじがこっちへ来る
こんな日は雨になる
東海道のあちらこちらで雨になる
都の方から来なすったんか?
誰のことを言っているのかよくはわからない
昨夜はどこに泊まりなすったんか?
この辺に人の姿は見えない
傘屋のおばさんは誰と話しているんだ
ほらやっぱり雨が降って来た
のき下のうす暗いあたりに雨の音がする
ミスズがブルースを歌っている
やっぱりそこにいたのかとわかる
痛みはもうないのだろうか?
喉の痛みが消えないと夕べぐらいから言っていた
けれど今、ミスズの声はすばらしい
案外こんな時の方が良い声がでるのかも知れない
雨水が集まって少し太い流れになって橋の方へ行く
何年頃の風景だ
ずいぶんと古い感じがするぞ
ミスズが椅子に座っているのだが
どうも犬のように見える
どっちだろうか、ミスズだろうか、それとも犬か
まあブルースがうまいのならどっちでもいい
雨も止んだ
ミスズが風呂から帰って来た
ああさっぱりした
その足もとに見たことのない犬
がなれなれしく寄っている
その犬は何だい?
「問いである前に時間はずいぶんともったいぶって」
とミスズは言った
何だって。さっきのブルースはこいつだったのかい?
「痛みは誰のものでもなく時代の傷にあるのだと」
と犬は答えた
犬はまるでプラトンのように空を見た
わたしはまるでアリストテレスのように
そばにあったソロバンでミスズの尻をぶった
アンタ何すんのよ。ぶつんだったらこの犬でしょ。
すまん、すまん、あまりに哲学的な空だったんだ
この山の中の小さな川のほとりで
わたしとミスズと犬は
ひっそりとくらしている
ソクラテスがそんな風に話すのを聞いた
ことがある
あの頃のギリシャの街角で。
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2021/3/17
冬のバラ
このバラを切って、画家の所へ行くのだ
と女は言った
そのアトリエでモデルになっていると
海溝は南側にある
深海探査のために深く潜りつづける
歌声は深まりあたたかくそして悲しげに
手と指と声は冬の
冷たい空気をふるわせて駅に着く
祈るように
まして駅名を隠すようにして
バラは包まれて女の胸にかかえられ
駅の階段を
約束へともう一つの雲が光り
明るい色のコーヒーの店を過ぎ
バラは温室の中で受粉し
ピアノの黒い脚を押してひざまづく
願いを届けるためには
いくつものバラをかけあわせ
新しい色の女をつくらなければならない
フィレンツェの壁画に描かれた
女の手に
かかげられていた花は深海の
魚たちが白く光り
腕の長いカニや発光するクラゲが
女の胸の内側にうごめいている
それで午後の温室の
固い椅子に座り
横顔をデッサンする画家の手は
女の胸の内をまさぐり
モデルは新しい色の下着をバラのように
脱ぎ
ピアノは高音から低音まで
深海の暗い闇の中に降りつづける
わたしはバラである
そしておまえは青くもぐりつづける
花粉をなめて
足の指をなめて
このバラを切って、画家の所へ行くのだと
わたしは言った
海溝は冬の海溝は
ピアノの上でモデルになっている
愛しい人よ
深海の魚たちは白く光り
おまえの足をなめている。
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2021/3/16
女
おまえのことを見ているのだ
指先におまえを感じるのだ
カバロウの繊細な布地を腰に巻いている
背中を流れる河のようなもの
アジサイは青い蝶を見ている
包むように、シンボルを包むように
愛しい河を渡り、船はゆれる
ジャングルの落日の
女はあいまいな植物の渦を巻き
シルクの波をやわらかにもたらす時
首すじをあきることなく
おまえののどを乳白色のあきることなく
光線はちりちりと表面を、はだを、ひっかく
がつがつと時間の激越な押し付ける
乾いた陰毛のこちら側
夏を極光を葉脈を
布と布にはさまれた感傷を
すべてをやわらかに包みこまれて
夏の河の、夏の雨の水の、流れの心の
あらわれておまえは
わたしの唇の中に河は暑くあふれて
夏の日のそしてかげりの青い蝶を見る
おまえの肉の中に
ジャングルの波は植物の波となり
感じつつある、夏の水の、流れの蜜の
見つめ合いつつ、指先あいつつ、からめあいつつ
もうおまえのなかに
シルクの波の限りなくもたらすとき
わたしは星である
とけてゆく青いヒマワリの
今は隠すことのできない欲望は
これからわたしを
よごれてもいいのだ
ちりちりと植物は毒の汁を流し
ぎるぎるとおしひろげ
夏の河は天頂の日輪の下にひかり
乾いたわたしののどは今も
細い流れの求めて
女は
命じる。
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2021/3/15
ガモフ
もっと形を変えて
小川を飛び越える時には
蝶は夢よりも青空に近い
ボヘミアンなのだおまえは
近づく屈折と遠ざかる返礼
ガモフの口を開いてその奥の
名辞を発見する
もっと色彩をからませて
世界の表面からやって来る音信
ところがその時
手は
飛び散る水滴を払って
生きている形
宙空にアルマジロの丸い背を
どこへ行くつもりなのか草原に
赤い土を
計量せよ、この手に盛るのだ
これにヤギの乳を混ぜて
顔にぬる、腕にぬる、腹にぬる
もっと姿を変えて岩山を乗り越えていく
逃走する、おまえは、逃走する、世界は
ガモフの愛情を開いて
結びつける石を
ガモフの真情をのぞきこんで
蝶は木々の梢を
息をはき、息をすい、まぜるだけだ
近づくために、そこに近づくために、そこに
雷鳴!
もっと形を変えて
時間をねじって
シルクの原因は林の中にある
そこでおまえを待っている
ガモフは蝶になる、夜になる
夜そのものになる
月が森の中を射す
眠ってしまったのかアルマジロよ
女の乳房のなかになめらかな蝶が生まれ
眠っているのか
ガモフは
矢の先に毒をぬれ
あざやかなカエルの背中から
にじみ出る毒をぬれ
雷鳴!
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2021/3/14
カラスノエンドウ
スパイシーな空だ
どこからどこまでがわたしの空なのか
わからないが
鉛筆でこの空を描くのだ
上空二千メートルのシンバル
決して帰って来ない
それでは見たものを見たままに語ろう
この場所は
田畑の中心にあって
送電塔が南北に連なっている
それを指差すおまえの指
風はずいぶん
カラスノエンドウの方から吹いて来ている
送電塔の一番高い所に立っているのが
私が愛した人だ
ここからでは顔は良く見えないが
スパイシーな空だ
きっと鉛筆で描かれた空
上空二千メートルのシンバル
決して帰って来ない
わたしが愛した人
わたしはもたれかかる
北風にクヌギの葉にモクレンのつぼみに
鉛筆で描かれた精神を
消しゴムで消されゆく精神を
わたしは眠たくてもたれかかる
起きてくださいあなたはカラスノエンドウです
野を走る男はカラスノエンドウを口に投げ込む
山の木々は答えを知っている
気流は見えないけれど
美しい空気が目玉をすべっていく
上空二千メートルのシンバル
おまえを抱く時間だ
天使を身ごもるのだ
そして
この小さな村の馬小屋で
救世主を産むのだ
ツクシのようなペニスをもった
この送電塔はおまえの上で今日も鳴っている
カラスノエンドウを口に入れろ
話はもう終わりだ。
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2021/3/13
名 詞
宇宙の意思であり
無の夢であり歌であり嘆きであり
全ては名詞である
ヒバリでありシジュウカラであり
前進であり後退であり
ヒンドゥーでありタクラマカンであり
ショコラでありブッダであり
ハラショーでありブタペストである
歌を乗せた戦艦であり
矢車草の朝であり
わたしであり、あなたであり
見ないことであり、思わないことであり
うすぐらい苔であり
心臓のかたよりである
もしもそれらが存在であり
届けられた電波であり
あたためられたミルクであり
苦しそうにしている名刺であるなら
ビギンであり、ミシガンであり
コバルトであり、コトワリであり
猛獣であり、ホコリカビであり
あなたの唇からこぼれ落ちる愛であり
夜明け前の湖であり
こんなわたしのためにあなたが願ってくれる
小さな希望である
ときめきであり、トタン屋根であり
轟音であり、上陸であり
包帯であり、虫けらであり
サザンクロスであり、島影である
見たまえ、ここからそれが見えるのだ
骨であり、墓であり
くちてゆく花であり、くちてゆくあなたであり
白波であり、さびた鉄であり
そのさびた鉄でわたしの指は切れる
ここであり、ここまでであり
これまでであり、ここからであり
ゴールであり、スタートであり
小さな貝殻であり
それは海辺の
砂にこぼれ落ちる
水滴である。
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2021/3/12
塔
それらもまた幻影であるのか
長いしっぽの生物が
塔の上へと這い上がって行く
南方の国へと
船の上に
十字架は光り
海上の黒い雲は
わたしの髪の内に雨を降らす
幻影であるからには
黒い雲から発せられる
いなづまは届かないであろう
エリスよ
赤茶色のカニが窓の下にいる
そいつをどこかにやってくれ!
送り届けられた箱をこのテーブルの
上に
置きなさいエリスよ
おまえの乳房はすきとおるレースの
幻影である
午後の紅茶そそぐ花柄のカップの
上で
南国の蝶がひらひらと舞う
オルガンを弾いておくれでないか
エリスよ
わたしの愛したあの曲を
庭の花は夜の雨に濡れている
長いしっぽの生物が
黒い木の幹をはいのぼって行く
箱はどこだ?
それらもまた幻影であるのか
テーブルの上で炎がゆれている
今書いている手紙が
海の上のしぶきのように
イルカの眼の内に光って見える
エリスよ
塔の上に小さな部屋があるのだ
おまえが月の出ない夜に
あそこで祈ると
わたしは悲しくなるのだよ
わたしは今どこにいるのだ
答えてくれ
エリスよ!
南へ向かう船の上か
それともあの塔の上の暗い部屋なのか
エリスよ。
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2021/3/10
ハッピーライフ
つまずきながら、アブラハムの農園を行く
小石はわたしである、アブラハムの子
スタイルは料理人が決めるもの
つまずきながら、世界の毎日の食事を用意する
ニンジンを、大根を、トマトを、サラダを
わたしは作り上げる、世界を
スパイシーな肢体だ、昨日よりもさらに
つまずきながら歩いている、小石だらけの道を
けれどこれは絶対の存在である
サラダである
絶望するな、サラダの季節である
わたしは嘆きながらサイカチの実を取ろう
そまつなあばら家に住んでいる料理人である
毎朝畑へ行って献立を考えるのである
エビを、タイを、クジラを、サメを、サザエを
こんちきしょうと思うぐらいに取るのである
そしてこれはわたしのハッピーライフ
認識は信仰である
信仰は存在である
つまずきながら、わたしはアブラハムの息子である
料理人である、本日の
料理長である、世界の
浄められた川のオイカワ、フナ、コイ、アユ、モロコ
衣をつけて油であげられる
主人公はわたしである、皿の上の
虹のごときもの、宇宙の謎として
生まれて来て死んで行くもの、確かにそれは、わたし
料理人はキンポウゲである
料理長は白い帽子をかぶり、あいさつする
スパイスをふりかけて今日を食べる、一緒に
世界とワクチンのために
用意された皿はここに並べられ花とともに
花とクジラとサメと水。
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2021/3/9
クジャク
黄金比の愛欲をはっきりと告げよう
ブナの林を行く道連れを鈴の音を
幸福たちを追い越して行く『霧』
密林を草原を滝つぼを濡らして行く
回転する未来の都市の嘆きとともに
一枚の布を素肌にまとい立つ
フランス的男たちと女たちは
豪勢な料理の皿を持ち上げてほおばる
シュリのビタミン菜、やわらかな葉を閉じて
焼かれた上質の肉の油が燃える
愛欲はクジャクのように空いっぱいに香る
プルリ・プルリ・プルルン・プルルン
砂から出来ている人間の体
保湿され保温され、未知の世界へまねかれている
チェロキーチーフの華やかな色彩を持ち
バイオリンの弾く高音を
証言される虹やトマトやゲッセマネ
ほとんどの厄災は喉元を通り過ぎる
ケマン草のほころびのように
しめつけられる
ひょろりとした
クジャクの羽根
前立腺のためには鳥たちも歌う
そして美しいパリの建物の内部で
鳥たちは歌い、クジャクはイデオロギーを広げる
語り部たちも歌え
すみやかな日本語とペルシャの絨毯のために
タミール語とパタゴニアのために
つるし柿が家々の軒下に吊るされている
ここは奈良の都なのだクジャクもいる
日下部の皇子が白いクジャクを
射落としたと言う草原がここだ
金色の冠を用意した六月の風
流れは精神とともに
岩は砕かれた精神とともに
病気の男たちはうす暗い部屋の内部に
新羅の内部は言葉とともに
黄金の愛欲もまた限りない建築を連れて
様式と美のソリュードを
けしかけるだろう石清水の湧くところ
景色はなだらかな丘を持ち
一羽の白いクジャクが飛び立つとき
真白い太陽を隠す。
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2021/3/8
ポリシー
もう夜明けではないのだ
ウルグアイの湖の鳥たちも眠ろうとはしない
もう真昼ではないのだ
高山植物の雪も氷のまま光りつづける
もう人間ではありえないのだ
われわれ自身が切開しようとしてとどまる
夢がゆがみ確からしさが保留される
ハジカミのにがさ、最新の感覚するにがさ
破稜する、そして破船する、波
ぴりぴりと鳴る船体のもちあがる底から
もう夜の惜しまれる破線ではないのだ
目覚め行く軍隊の行進のわだちのように
われわれはとどろく波
いつまでもカモメを近づけることなく
パラメーターの破損、パラレルな真空より
ラジウムは木星のように水平線より没する
暗くして待つ人形のように
箱の中に入れて異次元のわたしを見る
ポリシーは指先で片づける
春の近づく惑星の海辺で
立ち上がる人型ロボットの嘆きのように
いつまでも存在するものではない
遥かに地球を離れ、太陽系を抜け出る
ポリシーとは
ランプを持って洞穴へと侵入する女。
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2021/3/7
ノン・スカート
スカートは隠しているか
マーガレット・星型・チューインガム・パステルカラー
青空の気流は見える
ステッチはイランのあたりの白い街を飾る
空を飛んで来るロケット弾が頭上を
通り過ぎたのだ、さっき
スカートは隠しているのか飛び散る壁
死者のための白煙を
彼女の額には、はめこまれたダイヤモンド
玉乗りする細い体はしきりにゆらぐ
戦闘はあの角を曲がったあのあたりで
今日も続いている
彼女は今、死体として燃え上がる
こなごなになって町とともに今燃え上がる
砂漠の中のみずみずしいスカートを
たえられない無防備な都市を
銃撃され、死を宣告され、もう帰られない
そして愛された頬を新鮮な血がぬらし
そして愛撫された唇を真新しい血がぬらし
キスがじょうずなの、濡れるキスが
今ロケット弾が体を貫いて行く。
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2021/3/6
ヒンドゥーの神々
このわたしたちの精神世界は
奥深い世界は、白く輝くユリの花
天からふりそそぐ光はそのまま
シュルティとしてわたしのこころに届く
やわらかなヴィシュヌの腰のひねりの中に
このわたしたちの精神世界はハスの上にまわる
彼等は世界の音楽のひびきを天啓として聞くだろう
肥沃の大地を流れるガンガーの神は
このわたしの肉体の内を流れる血の歌
さらされる大地は存在の祈りを重ねる
モランディ、存在のありかたはほこりをかぶり
われわれの肉体は静物として生まれる
そしてわれわれの精神はうすい紫のプリズムである
見つめ続ければ確かに
生まれたときから魂は確かに
紫のスミレの色をした静物のブラフマー
春の破壊は種子の破壊から始まる
そしてそれはブラフマーからヴィシュヌへと
ラーマ、インドラ、アグニへと
これらは大地をうるおす神である
花々は咲き、花々は散る
大地をうずめ大河をうずめすべてをうずめ
星空の祈りである、そして寒々として輝く
美は絶大な力を持つ
存在を始める前から神々は存在を予感する
世界の誕生をわたしは見る
物質界の変数が予知されるように
ブラフマーは世界を予知するだろう
わたしの魂の生まれ出るとき魂の運命のために
無限の時間が神にはあるのだ
クリシュナ、カーマそして天界の洪水が流れる
つばさを持つ精神のために
熱い大地の上を光速で飛ぶ神々を
くだかれた空の成分を片手にして
ヴィシュヌのひとみはわたしを見る
踊るようにして生命の数々が踊るようにしてそのとなりでシヴァが歌う
消滅の歌、死のための歌、飛び散る現在の歌
ヴィシュヌとシヴァが踊る
ふたりはからまり、天地をころがり、それでも
踊りをやめない
白いモクレンと、紫のモクレンと
そして春の雪。
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2021/3/5
やばんな紫
身近なところから燃えている
浅い海の屹立するところからわたし自身へと
海が燃えている
この景色は意味の二重性である
白い貝殻は光る、光る貝殻は
太陽に愛されている、やばんな太陽に
砂の上の女の体のように
むきだしの肉体のあからさまな欲情として
燃える海の水の寄せるとき、つまずく
魚たちがはねあがり、のぼせあがり、天へと
欲望のあまり「へそ」のあたり
腹の肉は燃えはじめている
わたしの願望は海水のうずのように
わたし自身の肉体の内部の欲するところ
屹立する内部のこれは海水から生まれたもの
砂をかぶり熱い砂の粒をかぶり
全体は全身は肉体は固体であり
海は燃えている
女は全身が今日のかがやくなめらかさ
はてしなく流出し、はてしなく燃えあがる
絶望するように歓喜する
花のようにまるで泥のように乾きながら
すいとられ、もちあがり、りつどうする
これは燃える海である
そしてこれらは絶海の孤島である
すんでのところでわたしは放出する、海へと
絶対の欲動の燃える海の限界へと
放出する
これはカウントされた運命の限界として
わたしの全身の肉体の欲望する発動として
冷たい海の深い底のわきあがるにがみ
女の精神のただよえる深海魚の眼
立体の安心のゆがめられた言葉
誰もそれを燃える海の底から見いだしはしない
ふたつの乳房を
良く育ったふたつの丸い乳房を
海の生命体の燃えあがる制御できない魂を
あなたとわたしの魚類の運命として
沈みゆく肉体の変質の海の魚類として
暗い水の層として
太陽はわたしを犯す
それでなくてもあなたは熱い。
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2021/3/5
ア ン
アンの帽子が飛ぶ
コーヒーサイフォンの管の中をツバメが昇る
赤いガーベラを抱きしめて天国へ行け
秘密の泉がわたしの足先をぬらすから
心が水中へと、心が空中へと、心は雨に会う
ぬれてひえてこごえる
アンの髪を思うな、まして見つめるな
指先に丸め、舌先に丸め、背中に流れる
さながら機知の先にひるがえる旗
ポエジーはアンの帽子である、そして
われわれは言葉の奴隷である
カラコルムの天山の投身投地
アンの体からは流れ出すものがある
それを花とも言い、ポエジーとも言い
乳房とも言う
晴れていればトナカイの振る角のように光る
星光りする、大地光りする、赤髪は光る
絶望して、再燃して、ドラッグして、魂究する
バット、そしてバット、あくまでバット
ほとぼりがさめる頃
アンはアンのためにアンの言葉を叫ぶ、ガーベラの
乳房と言ってもいい
言葉は乳房だと言ってもいい
ホイルで焼く、ホイルで包まれた愛を焼く
決してうしろから突くのではない
明けがたの暗い時間帯に
ビビアンスーの細い体を求めて日は昇る
絶景のうちに身体のうちに死ね
希望のマチルダ、絶望のマチルダ、死のマチルダ
緑黄色の神経をサラダボールに押し込め
海辺の海水のにごり水のそそり立つサザエ
わたしたちはアンの髪をつかみ、アンのこころをつかみ
サラダのように弾丸のように求め
今夜の食卓のためのポエジーは、さまよえるポエジーは
アップルパイの熱い、こげるほどに熱い、孤島へ
逃げてはいけない、アンよ逃げるな、アンよ叫べ
宇宙は赤髪のおまえを知らない、知っている、知るだろうか
天山へ行け
アンよ、尼寺へ行け
紅茶でも焼けるようなコーヒーでも良い
そのカップを大地に置け
ゆるゆると大地は流れ出す、今日も
赤髪のアンよ。
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2021/3/4
モクレン
たくさんのつぼみを用意して
マジカルな夢の行程のために行く
サドカイびとの苦しみの荒々しい祈りのために行く
カラバッジョのえんじ色の外套を脱ぐ
たくさんのモクレンのつぼみが床板に落ちる音
ポタリ、ポタリ、ポタリ、ポタリ
わたしは朝のうす明るい光の中で
世界を見る、世界を思う、世界の混乱の内側で
新しい人々は、新しい世界のために
笛を吹く少年の赤いチョッキの少年の
パイプをくわえた男の頭の中の草原を行く
デカ%E